2009年8月15日土曜日

天命数霊術?望月岳陽の本心!

今回の望月岳陽の天命数霊術のブログは望月岳陽という人物を判断する上でとても参考になる内容です。まずは以下を参照してください。

[第731回]より抜粋 
「ホームレスの名前を聴いて、姓名判断している。」
という昨日の安斉勝洋氏の統計の仕方に、驚きましたよ。
演繹法の実証例としてなら、その努力も感心しますが、統計(帰納法)から姓名判断の原理・原則を発見しょうとするなら、全く無駄なご苦労ですよ。
「姓名判断は統計学である!」という説(日本中の多数説)は、帰納法であり、明らかに間違っていますよ。
なぜなら、姓名判断だけは、帰納法では、絶対に原理・原則は発見できないのです。日本人1億2千万人なのですよ。1人ひとりの運勢や性格を、一体、どんな方法で、何人のアンケートができるのですか?
同氏が、いくら頑張っても、統計(帰納)として、抽出率が何%になりますか?同氏が経験?されたのは、僅か3万人の分子で、分母は1億2千万人ですよ。
統計で姓名判断法を開発したというなら、少なくとも、抽出率10%としても、日本人1200万人のアンケートは必要なのですよ。僅か3万人では話にもなりません。
それで「姓名判断は統計学?」と言えるでしょうか!
姓名判断というのは、例えば、数学と同様、公式・原理・原則があって、それを当てはめて、答えを出すという「演繹(えんえき)法」なのですよ。
私は、演繹法の一つとして、「後天八卦図(神亀の図)」の原理・原則を発見したのです。ですから、”当たった””当たらない”の言うのは、”実証例”に過ぎないのです。
この原理の基礎となるのは、「15=X+Y+Z」の原理とその応用であり、個々の人の運勢・性格を判断できるのですよ。
ですから、熊崎式は「帰納法的姓名判断」であり、「天命数霊術」は「演繹的姓名判断」ですから、180度異なる姓名判断法です。
したがって、私の説を批判するなら、原理・原則の「洛書;後天八卦図(神亀の図)」が、史実的に間違いであるという証明をしない限り、討論にもなりませんよ。ソクラテスは、「演繹とは、前提(原理・原則)を仮に認めるなら、必然的に結論が導かれる。」と定義しています。
ですから、私は過去に何人姓名判断したかの統計をとる必要もなく、わざわざ「ホームレス」の名前も聴く必要がないのです。
そんな無駄なことをする時間があれば、原理・原則の発見に力を注ぐべきです。

望月岳陽は統計学というものを全く知らないようです。
岳陽はテレビや新聞各紙で各メディアが集計した「内閣支持率」やテレビの「視聴率」等の数字を、国民全員に問い合わせた結果だとでも思っているのでしょうか?
例えば有名な「内閣支持率」です。NHKは必ず抽出標本数を表示します。その標本数を見ると大抵1600から2000の間であることがほとんどです。望月岳陽の論を当てはめると「NHKの内閣支持率は標本が少なすぎて全く出鱈目な統計だ」ということになりますね。はてさて。日本全国に放送されているNHKがたびたび出鱈目な内閣支持率を放送して全く糾弾されないのはなぜでしょうか?言うまでもありません。それは学問的に「統計学」の手法に沿っているからです。

以下のリンクは市場調査・企業調査・世論調査を専門に行っている会社の、その調査方法がわかりやすく図解されているページです。この会社は調査専門なだけあって厳格に行っています。世の全ての統計とはこのような方法で数字を出しているのです。

日経リサーチによる市場調査・企業調査・世論調査 

この会社は専門なだけあってキチンとやりすぎているくらいです。およそNHKの調査なんて2000くらいのコンピュータで無作為に選んだ番号に自動応答機能を使って電話をかけて、その結果を統計として発表しています。これが「インチキ」と言われないのは学問的な裏付けがなされているからです。

安斎流姓名判断の安斎勝洋がホームレスに名前を聞くという手法を用いて、ホームレス以外の人々も充分標本にした上で、何らかの規則性を発見して「ホームレスには○○な傾向が強い」という統計的答えを導き出すのは間違いではありません。無論標本のバラつき具合など検証されるべき点は多いですが。あ。おいらは安斎流姓名判断が正しいと言っているわけではありませんよ!誤解のないように。望月岳陽が言う「少なくとも、抽出率10%としても、日本人1200万人のアンケートは必要なのですよ。僅か3万人では話にもなりません」という話がいかに統計学を知らないか、これでお分かり頂けたと思います。

「演繹法」の話も出てきました。これは丁度良い題材です。演繹法を使えば天命数霊術が間違いであることの結論が簡単に導き出せます。
代表的な演繹法例の「三段論法」という手法を使います。演繹法とは「考え方」で三段論法とは「考え方の実現手段」と解釈して頂ければ良いでしょう。三段論法とは以下の通りです。

大前提:すべての人間は死すべきものである
小前提:私は人間である
結論 :ゆえに私は死すべきものである

このように大前提と小前提から結論が導かれるのが演繹法の三段論法です。「すべての人間は死すべきものである。」からいきなり「ゆえに私は死すべきものである。」という結論は出せません。
演繹法の特徴はその前提が真であることによって真の結論を導き出せることにあります。
では天命数霊術に当ては嵌めてみましょう。

大前提:天命数霊術の5つの条件を全てをクリアした名前は運が良い
小前提:例外がある
結論 :ゆえに天命数霊術の5つの条件を全てをクリアした名前は運が良いとは言えない

演繹法の三段論法を使えば見事に天命数霊術間違いの結論に導かれます。もしお疑いなら結論部分に他の内容を入れてみてください。真が成り立つのはこの結果の場合のみである事が理解できるでしょう。ソクラテスは無闇矢鱈に定義している訳ではないのです。
演繹法を使おうが帰納法使おうが、どのような考察をしても天命数霊術が間違っていることは火を見るより明らかです。
望月岳陽は時々こういった半端な知識で読者の信用を得ようと画策しています。望月岳陽のブログを読んでいる方は注意が必要です。

[第731回]の望月岳陽のブログ内容で看過できない重要な部分は以下の件です。

私は、演繹法の一つとして、「後天八卦図(神亀の図)」の原理・原則を発見したのです。ですから、”当たった””当たらない”の言うのは、”実証例”に過ぎないのです。
この原理の基礎となるのは、「15=X+Y+Z」の原理とその応用であり、個々の人の運勢・性格を判断できるのですよ。

上記をわかりやすいように式に置き換えてみましょう。
A(原理原則) X B(応用) = C(実証例)
ということです。この式が望月岳陽の発言を式化したものだと、誰でも理解できると思います。
すると、以下のような式も成り立たなければなりません。
C(実証例) ÷ B(応用) = A(原理原則)
これは小学校レベルの式ですからどなたでも理解できる筈です。
では事実をそこに当て嵌めてみるとどうなりますか?
C(実証例)からA(原理原則)が導き出されますか?
できないですよね?だって例外があるんだから

つまり実証例から原理原則が導き出せないということは、原理原則はその名の「原理」や「原則」ではないということになるのです。ちょっとややこしいかな?ではこう置き換えましょう。「原理・原則」の部分を「自分勝手な解釈」と置き換えてみてください。置き換えた文で表すと以下のようになります。

私は、演繹法の一つとして、「後天八卦図(神亀の図)」の自分勝手な解釈を発見したのです。ですから、”当たった””当たらない”の言うのは、”実証例”に過ぎないのです。
この原理の基礎となるのは、「15=X+Y+Z」の原理とその応用であり、個々の人の運勢・性格を判断できるのですよ。

いかがです?わかり易くなったと思います。
望月岳陽がクドいくらいに繰り返し主張している「原理原則」はただの「自分勝手な解釈」でしかないんです。望月岳陽が勝手に「原理原則」と呼んでいるだけです。一般的な言葉がもたらす意味での「原理」や「原則」ではないのです。その証拠が上記の式です。言葉に騙されないようにしてください。
この「自分勝手な解釈」が「真理」ならば全く問題ありません。真理とは究極の正しさです。真理に例外はありません。望月岳陽だろうと誰だろうとその人の「自分勝手な解釈」があらゆる角度から検証され、非の打ち所がない正しさを持っているならば、誰もが認める以外に手がないでしょう。ところが天命数霊術は発見した本人が例外を認めるほど穴だらけなのです。

望月岳陽はこうも書いています。

ですから、私は過去に何人姓名判断したかの統計をとる必要もなく、わざわざ「ホームレス」の名前も聴く必要がないのです。
そんな無駄なことをする時間があれば、原理・原則の発見に力を注ぐべきです。


この文章に望月岳陽の態度の全てが込められています。望月岳陽は「原理原則(自分勝手な解釈)」を大切にしています。「当たるか当たらないか」はたいして問題にしていないのです。もっと言えば「原理原則(自分勝手な解釈)が確立されていれば当たろうが当たるまいがどっちでもいい」という考えなのです。ブログを読む限りそうとしか解釈できません。

では今まで望月岳陽に依頼して天命数霊術を用いて命名・改名をしてきた人々はどうなるのでしょう?天命数霊術を信じたばっかりに、「原理原則(自分勝手な解釈)」に固執して「当たっても当たらなくてもどっちでもいい」「統計による確認も取ってない」ような方法で命名・改名をされて来た人々はどうなるのでしょうか?生まれたばかりの我が子に「少しでも幸運が授かりますように」と15万円工面して名付けてもらった両親の思い、赤子の将来はどうなるのでしょう?素敵な結婚がしたいと藁にもすがるような思いで貯めた15万円を握り締め改名してもらった女性の輝く未来はどうなるのでしょう?想像するだけで恐ろしい事です。眠れなくなるほど恐ろしい事です。漏らしちゃうほど恐ろしい事です。おいらにできることは実害が出ないことを祈るばかりです。
以上の理由から望月岳陽の態度は糾弾されて然るべきであると確信します。

あなたに想像力と良心があるなら、「当たっても当たらなくても実証例に過ぎない」という望月岳陽の態度を改めさせるべく糾弾すべく、ぜひ行動を起こしてください。

※遅まきながら望月岳陽の性格を考慮すると改めさせるのは無理だと気がつきました。