[第849回]より抜粋
もちろん「松井秀喜」選手も「城島健司」選手も”感嘆と祝福”のコメント。そして、野球解説の専門家も「イチローは、ボール玉でも、ヒットにする”神業”を持ち、超人的な”動態視力”を持っているからですよ。」とのこと。
私は、「イチロー」の天才的な才能自体も、当然認めますが、良く考えてくださいよ。いくら動態視力が良くて打っても、野手の真正面にボールが行けば、アウトになる確率が高いのです。しかし、不思議にことに内野手・外野手の間を抜ける”幸運”があると思いますよ。
それも才能でしょうが、やはり”運気”が良いのです。そして、その運気は、彼の場合、「9・5・1」の効用から、かなり永続して行きます。
その運気は「イチロー」の”9画”と背番号の”51”からですよ。
「後天八卦図(神亀の図)」の「9・5・1」を全て持っているからです。野球の専門家でも、この現象には、全く気が付いていませんね。
余談ですが、「野球というのは、なぜ、9人制の9回で勝負を決めるのか?」も、野球マニアも気が付いていませんよ。
またイチローの話ですか(笑)。
望月岳陽はブログでこれまでに何度もイチローの話を持ち出していますね。
イチローも当たらない占いの片棒を担がされては迷惑千万な話でしょう(笑)。
私は、「イチロー」の天才的な才能自体も、当然認めますが、良く考えてくださいよ。いくら動態視力が良くて打っても、野手の真正面にボールが行けば、アウトになる確率が高いのです。しかし、不思議にことに内野手・外野手の間を抜ける”幸運”があると思いますよ。おお。早速ご都合主義が全開ですね。(笑)
望月岳陽はヒットの理由が”幸運”にあると言ってますね。
事実は「動体視力が良い」から「野手の間を抜けてヒットになる打球」を打つ事ができるのです。野手の真正面にしか打てないなら「動体視力が良い」とは言えません。打球がヒットになることが「動体視力が良い」ことの裏付けなのです。従って望月岳陽の言う「動体視力が良くても野手の正面にボールが行けばアウトになる」というのは論理矛盾しているのです。ましてやヒットを”幸運”にしているのはいつもの岳陽の手口である「天命数霊術に都合の良い解釈」であることに疑いないでしょう。
おいらもイチローの運が悪いとは思いませんよ。しかしこんな幼稚な”こじつけ”を天命数霊術ヨイショの例に使うとは恥知らずにもほどがありませす。実際、こんな屁理屈を公に公開できるとは勇気がありますよねえ。それともボケているのかな?(笑)
その運気は「イチロー」の”9画”と背番号の”51”からですよ。
「後天八卦図(神亀の図)」の「9・5・1」を全て持っているからです。野球の専門家でも、この現象には、全く気が付いていませんね。
ぷっ(笑)。
野球の専門家が「イチローが9・5・1を持っているから”幸運”」なんて死んでも思うわけないじゃないですか。一体どんな思考過程を経過すればそんな意見が出てくるのでしょう?常識では考えられません。これが人生71年生きて来た人物の口から出る意見とは呆れるばかりです。
さて、ここでも望月岳陽得意の「天命数霊術に都合の良い事実ねじ曲げ解釈」が横行しています。
イチローの背番号は確かに”51”ですね。これを岳陽は5と1と分けて解釈していますよね?
これはどう考えても変でしょう?
同じ理屈で考えると、たとえば背番号”12”の選手が居たとします。これを1と2を持っていると解釈しなければならなくなります。そうですよね?そうなると天命数霊術的に考えて2があるけど1もあるから吉凶相半ばしてたいして悪くない、と捉えることも理論上できてしまうはずです。天命数霊術の判断方法を思い出してください。天格や地格等の値が12の時、1と2に分けて判断していましたか?21の時2と1を分けて判断していましたか?違いますよね?12の時は2系の数として扱い、21の時は1系の数として扱っていたはずです。なぜ”51”という番号だけが5と1と言う二つの番号に分けて判断されるのですか?どうしてなのですか?
いかがでしょう?
常識的見地から誰がどのように考えても”ご都合主義の屁理屈”としか思えないでしょう。天命数霊術に都合の良いようにこじつけて解釈しているから、こんな荒唐無稽な屁理屈がまかり通るのです。天命数霊術ではこのような屁理屈を”実証例”と呼んでいるのですからチャンチャラ可笑しいです。
余談ですが、「野球というのは、なぜ、9人制の9回で勝負を決めるのか?」も、野球マニアも気が付いていませんよ。
ほほう。聞き捨てならない意見ですね。
この投稿で望月岳陽は「なぜ、9人制の9回で勝負を決めるのか?」の理由を直接書いていませんねえ。
岳陽の過去の投稿を調べるとこんな事を書いていました。
[第719回]より抜粋
④“9”は極める!
古代中国でも”神亀の図”から、数は「1」から始まって「9」が極めた”頂点”であることを示しています。(「0ゼロ」の概念は後世。)
極める!とは、「極限に達したときにものごとを決める!」又は「名人の技を極める!」という意味もあります。この思想が古代インドや古代ギリシャ・ローマに広く伝承され、やがて現在のスポーツにも応用されたのが、野球は9人制で9回で勝負を決め、ゴルフは18(9×2)ホール、バレーボールの9人制で、名人芸を”極める”として、優劣を争うようになったのです。
ほええ~っ。驚きです!!
岳陽はバレーボールの9人制は「極めるという思想からスポーツに応用された」と言っています。仰天の事実ですね。
実は9人制のバレーボールは日本だけでしか行われていないのです。世界大会などが6人制で行われるのを見てもわかるでしょう。9人制のバレーボールは日本だけに存在するローカル・ルールなのです。本当ですよ。嘘だと思うのなら調べてみてください。なぜ日本にしか存在しないルールなのに「古代ギリシャ・ローマ」の思想から応用されているのでしょうね?(爆笑)
昔のゴルフはコース数がまちまちだったそうです。ゴルフ発祥地イギリスの名門コースであるセント・アンドリュース・クラブが18コースに改造した時、構造的に素晴らしいと評判になって後のゴルフ場の見本となり、どのコースも18ホールで設計されるようになったとの事です。18という数字の出所は、昔は1ホール終えるごとにウイスキーをグラスに1杯飲んでいました。ウイスキー瓶1本で約18杯飲めるので「18ホールにしよう」と変更になったと言われています。ゴルフの1打とウイスキーの1杯が同じ「ワンショット」と呼ばれるのはそういう理由があるそうです。どちらにしても望月岳陽がブログで語っている「極めるという思想からスポーツに応用された」という説明は正しくありません。おまけに9x2=18なんて解釈は屁理屈でしかありません。9と18では数意が違うはずです。これが通るなら9の倍数はすべて9に関係ある数として意味を持たせなければならないでしょう。
野球の9人制についてはアレクサンダー・カートライトという人が考案したらしいですが、理由については不明です。
野球の9回説については諸説様々のようです。有力視されているのが次の説です。昔野球は21点先取した方が勝ちであった。そして試合後は必ず相手チームと料理人の作った食事をした。ところが試合によってはなかなか決着がつかず、せっかくの料理が冷めてしまった。料理人は「終了時間の見当がつくようにしてくれ」とクレームを出した。当時のアメリカは12進法の影響が残っており、そこから終了回数に12進法の4分の3である9回が採用された。3ストライクで1アウト、3アウトチェンジも12進法からきている。…という説です。様々言われる野球の9回説ですが、それらのどこを探しても「極めるという思想からスポーツに応用された」という話のカケラすら見つける事はできません。
以上のように望月岳陽の説はどこから持ち出してきたのかまったく不明の根拠のない話なのです。歴史的な裏付けのある証拠があるあるのなら見せて見ろと言いたいですね。
さて、同じ[第849回]の投稿のコメントに対する望月岳陽の返答が笑えます。
麗さま
本当にお久しぶりです。私の車も「81-81」です。私の影響なのか、岡山・倉敷ナンバーは「81-81」の空きが殆どないそうです。私も温泉の下足箱 のナンバーを下2桁「09・19・05・15」などを探して入れています。”数”に拘ってきますでしょう。また、ご遠慮なく、コメントして下さいね。
望月岳陽は岡山・倉敷で「81-81」のナンバーの空きがないことが「自分の影響」と思っているんですよ!
常識的に考えて、覚えやすい並び番号である「81-81」が適度に人気があるのは当たり前でしょう。猿でもわかりそうな理屈です。
なんという自惚れ。なんという自信過剰。なんという厚かましさ。
この71歳の自尊心は底なしですね。(爆笑)