凄いですよ、少子化って。凄すぎます。
何が凄いかって言うと「生物の存在理由」に真っ正面から異を唱えているわけですから。
昔から文学等で「どうして私は生まれてきたのだろう」的な作品がありました。文学で云々するだけなら思考の鍛錬として良かったのですが、リアルにこれを悩む輩が多数出現してきているのは驚愕に値します。「自分探し」なんてマヌケなネーミングを誇らしげにかざして、海外ボランティアなんぞに出かけている輩が存在するという現実に至っては、日教組の企みの一部が成功している顕著な事例と言う他に解釈のしようがありません。
「生まれてきた理由」「生物の存在理由」って「自分の遺伝子を残す」ためです。それ以外にありません。
事実すべての生物の日常はいかに自分の遺伝子を残すかという命題に最適化するように営まれています。最適化されていないと現在までその生物が生き残っていないでしょう。
不思議なことですが「生物」って書くと、イメージとしてなぜか人間がその範疇に入っている気がしないですね。多分これは学校の「理科」から植え付けられたイメージではないかと考えています。はっきりさせておきましょう。人間は間違いなく生物です。
少子化は生物の存在理由に逆らって自分の遺伝子を残そうとしない輩が多く出てきた結果です。「存在理由に逆らう」ってまるでどっかの哲学問答のように聞こえます。意味もなく凄いです。
ではなぜ遺伝子を残そうとしなくなったのでしょう。それはよく考えるからです。
人間はよく考えることですごい最適化を成し得て来ました。しかしよく考えることは諸刃の剣で「経済的に不安」「将来が不安」「子供はリスクが大きい」「キモオタでモテない」等余計なことまで考えてしまい、遺伝子残しを先延ばしにしてしまうのです。そして延ばした先にたどり着くと、またよく考えて状況が好転していないと嘆いて遺伝子残しを諦めてしまうのです。
その証拠にDQNは若いうちから結婚して子を作るでしょう。DQNはあまり考えていません。反射で生きています。でもそれゆえに余計な雑念に囚われず遺伝子を残します。ちなみに射精も反射です。関係ないか。
じゃあ少子化解決のためには全国民をDQN化しなければならないのでしょうか?そんなことは現実的ではありません。ではどうするか?
教育です。教育しかありません。シンプルに「私たちの生きている理由」は「遺伝子を残すためである」とキチンと教えるのです。事実ですから問題ありません。小学校低学年から何度も何度も繰り返し意識に刷り込むように教えるのです。
その際に有用なのが、自分の存在確率を教えて上げることです。自分を構成する遺伝子がこの世に出てくる確率を順序立てて教えるのです。自分の両親が出会って結ばれる確率を出します。その両親の両親が出会って結ばれる確率を出します。さらに両親の両親の両親が出会って結ばれる確率を出します。これを数世代遡れば天文学的な数字になるでしょう。おまけにその間には大きな戦争があったり、疫病があったりしたわけで、遺伝子はそこを乗り越えてきています。つまりそういう天文学的な確率と運の良さであなたの遺伝子は構成されている。これをあなたの代で失うわけにはいかない…というロジックを使います。これは単純だけど深い事実ですからどんどん教えてあげるべきことです。自殺も減ります。
教育の力は偉大です。これら教育を受けた子供も成人したら今の成人と同じようによく考えると思います。そしてよく考えた結果として遺伝子を残そうと選択し最大限努力するようになります。嘘だと思うなら試してみてください。
あ、ここで「遺伝子を残す」って書いているのは単にSEX・出産の事を指しているわけではありません。残した遺伝子が次の遺伝子を残せるまで(つまり成人)に成長を支えることも含まれます。そうしないと遺伝子を残し続けて行けませんからね。
こういうことを教育に盛り込むと必ずどっかの文士やらフェミニスト団体やらが騒ぐことがあるかもしれませんが、彼奴らに少子化問題は解決できません。徹底的に唾を吐きかけてやりましょう。あ、当然日教組も反対するでしょうね。もし運悪く日教組の教師が当たったら罠にハメて退職に追い込んでください。それしか解決の方法はありません。
ここまで読んだ方は「今すでに成人している奴の出生率の低下はどうすんだよwww」なんてツッコミを入れているかもしれません。すでに成人している輩には方法がありません。大人なので教育できません。前記したようによく考えちゃって、教育を受けていないのですから、遺伝子は残せません。これは仕方のないことです。よってしばらく出生率が低下するのはやむを得ません。
明日世界が滅ぶをしても、全力で命がけで自分の遺伝子を残すことに取り組む。そんな人物が育つ教育過程を早く確立して欲しいものです。ま、おいらが語ったところで何が変わるわけでもありませんが。